2016年3月18日金曜日

ハーグ条約の目的について2 

ハーグ条約は、子の監護の管轄を決定する条約ではないので、日本の裁判所が、子をA国に返還すると決定しても、A国の裁判管轄規定によって子の監護に関する管轄がA国になければ、A国で監護に関する裁判はできません。たとえば、日本の裁判所に提訴された事件について、日本の裁判所が、この事案はフランスの裁判所で裁判すべきだ、と決定したとして、その決定にフランスの裁判所が拘束されるか、を考えれば当然のことだと思います。

しかし、ハーグ条約について、大阪高裁は、日本の裁判所が子の返還を決定すれば、返還先とされた国で子の監護に関する裁判管轄がないことが裁判で確定していても、大阪高裁の決定によって返還先の国の裁判管轄が生じることを前提としているかのような理由を記載した決定を出しました(大阪高裁平成27年(ラ)第1404号)。

なお、この事案で返還先の裁判所が、子の監護に関する裁判管轄がないとした理由は、残された親自身が子を長期の予定で日本に送り出したため、当該地は子のhome stateではない、というものでした。また、当該地の管轄に関する法律によれば、外国を含め、子のhome stateが監護に関する管轄を有するのであり、子がその地に所在している、いない、は関係がない、とされています。つまり、子が返還されたとしても、その地が子のhome stateとなるまでは、子の監護に関する管轄は生じません。

大阪高裁が、条約は監護の管轄を決定するもので返還決定をすれば返還先の国に管轄が生じると考えた理由を記載していないために、どのような考え方をしたのか不明ですが、大阪家裁の職員が次のような主張をしていましたので、おそらく大阪高裁も同様の考え方をしていると思われます。

大阪家裁の職員の主張は、以下のようなものでした。
 実施法152条に、子の監護に関する審判事件が日本の裁判所に係属しているときに、本条約に基づく返還申し立てがなされたら、監護に関する裁判をしてはならない、とされている。だから、本条約は子の監護に関する管轄を定めるもので、返還決定がされたら、返還先の国に監護に関する管轄が生じる。

実施法152条のもとになっているのは、条約16条です。
 条約16条によれば、子が自国に連れ去られ、または自国において留置されている締約国の私法当局は、子が不法に連れ去られ、または留置されている旨の通知を受領したのちは、本条約に基づいて返還されないことが決定されるまで、監護の権利について本案の決定を行わない、とされています。

また、条約17条では、要請を受けた国において監護に関する決定が行われたという事実又は当該国において当該決定が承認され得るという事実のみをもって、この条約に基づく子の返還を拒む根拠としてはならない。もっとも、要請を受けた国の司法当局は、この条約の適用にあたり、当該決定の理由を考慮することができる。
とされています。

本条約の目的の一つに、子の監護に関して親が自己に有利な法廷地に子を国境を越えて連れ出すことの防止があげられていることから(米国の裁判官のためのガイドライン)、条約16条は、この目的のために、要請を受けた国が、監護に関する実質的な判断をすることを禁止したものであることがわかります。
しかし、返還しないとの裁判がなされるまで、子の監護の実質に関する裁判をしてはならない、とされているのは、要請を受けた国であって、返還先とされた国が監護の裁判管轄を有するかどうかについては条約に何も規定されていません。

また、仮に、本条約が子の監護に関する管轄を決めるものであるとすれば、先に確定した返還先とされた国での、子の監護に関する裁判管轄がないとの裁判と、後からなされる日本の裁判所による返還決定は、同一の事項(監護の管轄)について国際的な二重訴訟となり、返還先とされた国で先に確定した裁判と矛盾する内容の決定を日本の裁判所ができるのか、という別の問題が生じます。

条約の条文から導き出される結論は、返還先とされた国で先に子の監護の管轄がないことが確定していれば、その後に日本で返還決定が出されると、子の監護に関する裁判は、日本でも、返還先でもできない、ということです。

日本の裁判所が子の返還の決定を出すにあたっては、返還先とされる国で、日本での返還決定以前に、子の監護に関する裁判管轄がないことが確定していれば、それを前提として決定をすべきであり、それが不都合だからといって、本条約は、監護の管轄を定めたもので、返還決定をすれば返還先に管轄が生じるとの独自の解釈をして返還決定をするというのは、本条約が多数国間条約であり、統一的な解釈をすべきであることから、誤りであると思います。


さらに、要請を受けた国でなされた監護に関する決定でさえ、その理由は考慮することができる(17条)とされているのですから、要請をした国の裁判所が、残された親がその意思で長期に子を日本に送り出したために、当該地は子のhome stateではなく、監護に関する管轄がない、とした決定理由は、日本での返還決定にあたって、十分に考慮されるべきであったと思われます。

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