ハーグ条約の前文には、子の常居所への迅速な返還の確保 (their prompt return to the State of their habitual residence) との記載があります。
常居所(habitual residence)とは何か、については以下のように説明されています(山田鐐一『国際私法』)。
「住所」が法律的概念であって、国によって異なることから、条約で住所地法の適用を命じても統一した結果が得られないおそれがあるため、ハーグ国際私法会議の第6会期(1928年)で採択された条約で用いられて以来、条約で住所の代わりにしばしば連結点として使用されている。
常居所は、住所と異なり、事実的な概念であるから、国によって異なるものではない、と言われているが、厳密に言えば、常居所についての見解が今日必ずしも一致いしているとは言えない、相当期間の滞在のみで足りるのか、取得のため意思を要件とするのかについては見解が分かれている、しかし、住所にかえて常居所を採用するという本来の趣旨からいえば、意思の要件を過度に重視することには問題があろう。
また、『改正法例の解説』(法曹会)には、
「常居所」は、ヘーグ国際私法会議において抵触法上の連結点として創出された概念であり、一応、人が常時居住する場所で、単なる居所と異なり、相当長期間にわたって居住する場所であるということができる。常居所があると認められるためには、単なる短期の滞在では不十分であり、相当長期間滞在している事実または滞在するであろうと認めるに足りる事実を必要とすることができよう、としています。
この記述は、平成元年6月16日の参議院法務委員会での下記の答弁を引用しており、その答弁では、
「日本で考えてみますと、これは日本民法上の住所というのと大体同一のものであるといって差し支えないとい思われます」
とされています。
以上より、常居所とは、単なる居所(短期の滞在場所)とことなり、人が常時居住している場所をいうものであって、日本民法でいう住所のようなもの、ということになります。
常居所について、大阪家庭裁判所は、「常居所とは、人が常時居住する場所で、単なる居所ないし住所とは異なり、相当長期間にわたって居住する場所をいうものと解される」(平成27年(家ヌ)第7号ないし第10号)としていますが、これを見ると、同裁判所が常居所の概念にについて理解を全く欠いていることがわかります。
また、その抗告審である大阪高等裁判所は、「常居所とは、人が常時居住する場所で、相当長期間にわたって居住する場所をいう」(平成27年(ラ)第1404号)としており、意図的に居所(短期の滞在場所)の概念を定義から落とすことにより、「相当長期」という曖昧な定義のみにし、恣意的に認定できるようしました。この高裁決定は、結局原審である家裁が居所、住所、常居所と並べたのと同様に、居所と常居所の間に、別の概念があるかのような解釈をしました。大阪高裁が、大阪家裁と同様に常居所概念を理解していないだけでなく、理解していないことが明確にならないように表現を工夫したことがわかります。
住所が引っ越しをすれば変わるように、常居所も移動によって変わります。そのため、いつの時点の常居所を認定するのか、ということが問題となります。
本条約の目的は、不法に連れ去られ、または不法に留置されている子の迅速な返還です(1条)とされており、連れ去り、または留置が不法となるかは、連れ去りまたは留置の直前の子の常居所地国の法令に基づいて監護の権利を侵害していること(3条)とされています。
このことから、本条約において子の常居所とは、連れ去り、または、留置の直前の子の常居所となることがわかります。
子が生まれてから最も長く暮らした場所が本条約でいう子の常居所というわけではありません。子が生まれてから最も長く暮らした国が子の常居所地国であるといった主張をする人がいますが、子が生まれてから2年間をA国で暮らし、その後B国で1年半暮らし、さらにその後C国1年暮らしていたところ、一方の親にD国に連れ去られたケースを考えると、生まれてから最も長く暮らした国が常居所地国であるとの主張のおかしさがわかると思います。
本条約において、子の常居所地国とは、連れ去り、または留置の直前に子が常居所を有していた国となります。
0 件のコメント:
コメントを投稿