2016年4月6日水曜日

ロスアンゼルスの離婚とハーグ条約

ロスアンゼルスで日本人の離婚事件を多く扱っているというコーエン弁護士が、日本がハーグ条約に加盟したことについて、ポジティブなイメージを持っていると言っていた。

理由は、日本がハーグ条約に加盟するまで、日本人女性は子を連れて日本に帰るというイメージが強く、離婚時に日本人の母は子の監護権を得ることが難しかったが、ハーグ条約加盟により、日本人の母が子を連れて子の父に無断で日本に帰ってしまうという危険がないと説明することにより、監護権が認められやすくなったから、とのこと。

条約加盟以前は、裁判官に、日本人母が子を連れて日本に行ってしまうことはない、と説得するのがむつかしく、監護権をもらえそうにないと思った母が子を連れて裁判中に日本に帰ってしまった事案もあったらしい。


同弁護士によれば、離婚後もよほどの事情(家庭内暴力、経済的困窮等)がない限り、米国にとどまることが多いとのことで、日本人女性は、離婚したら実家(日本)に帰るというイメージは事実ではないらしい。

2016年4月5日火曜日

留置について

子の「移動または留置」の概念について、条約には定義が置かれていません、そのため、初期(日本が締約した当初の意味ではなく、1980年に本条約の締結がされた当初の意味)の裁判例において、「移動または留置」概念について、2つの論点が議論になりましたが、現在ではこれらの問題は決着がついている、とされています(外務省委託調査報告書、10ページ)。

問題となった1つ目の論点は、移動または留置は、国内の移動・留置を含むのか、国境を越える移動・留置である必要があるのかです。国内で移動したのちに国境を越えた場合、留置の開始時期はいつかという問題になります。
2つめの論点は、「留置」とは何か、です。

条約12条で、移動または留置の日から1年が経過していないときは、子の返還を命じる、とされているので、移動または留置の日は、1年の起算点として明確である必要があります。

この問題を扱った事案として、外務省委託調査報告書には、1986年のスコットランド判決、1991年のイギリス貴族院の判決、1992年のオーストリア判決などが挙げられ、特にイギリスの貴族院によって明確に示された解釈によって、決着がつき、今日では争いがなく、これらの初期の裁判例以外に、近年の裁判例でこの問題を論じたものが見当たらないようである、とされています(10頁)。

上記1991年のイギリス貴族院判決は、
 連れ去りと留置は、常に「または」で結ばれているので、互換性はない、
 留置とは継続する状態ではなく、特定の時に生じた出来事を示している、
 連れ去り、留置とは、常居所地の裁判管轄からの連れ去り、留置であり、親権者の監護から の連れ去り、留置ではない、
としました。
http://www.incadat.com/index.cfm?act=search.detail&cid=115&lng=1&sl=2


つまり、本条約においては、留置とは状態ではなく、ある時点における出来事と解し、連れ去り事案と、留置事案とは明確に区別されて、連れ去りと留置が一つの事案で両立することはなく、連れ去り事案であれば、連れ去りの日から1年、留置事案であれば、留置の日から1年が12条の期間となる、と解することになります。

たとえば、条約発効前に連れ去られ、条約発効時に子がその地に止められていた場合には、条約発行日に留置状態であるとして条約が適用されるのではなく、連れ去りが条約発効前であるので、条約の対象外の事案である、ということになります。

これに対し、日本の条約実施法2条1項4号には留置の定義が置かれ、「子が常居所を有する国からの当該子の出国の後において、当該子の当該国への渡航が妨げられていることをいう」とされています。

日本の実施法の留置の定義は、留置を状態と捉えていることため、実施法の留置の概念と条約の留置の概念とは異なることになります。

また、実施法の留置の定義によれば、子が出国前の常居所地国への渡航が妨げられている状態としているのですが、これは、移動事案と留置事案の区別を理解していなかったためにこのような定義になったのではないかと思われます。
移動事案であれば、子の移動前、つまり、出国前の常居所地国が問題となりますが、留置事案では、留置の直前の子の常居所地国が問題となります(条約3条)。

子が双方の親の合意でA国からB国に移動し、その後B国が子の常居所となったのちに、一方の親によって留置された場合を考えると、本条約によれば、子は常居所地国に所在しているために留置にはなりませんが、実施法によれば、A国への渡航を妨げられているために留置となることになります。


日本国憲法98条は、締結した条約を誠実に遵守することとしていますので、条約と矛盾する実施法2条1項4号は憲法98条により、無効とされるべきではないかと思われます。