2023年2月24日金曜日

裁判所での同席調停

 先日大阪家庭裁判所で、ハーグ条約に基づく子の返還請求調停事件が同席でなされ、当日合意が成立しました。

欧米では同席調停が当たり前、だから日本でも同席調停をすべき、ということをいう人もいますが、私は、こういう議論の立て方で何かがうまくいくの、かかなりあやしいと思っています。

先日経験した同席調停の事案は、その前日まで調停委員が双方から別々に話を聞くというスタイルで調停をしていたのですが、1期日に数時間かけて、何の進展もないどころか、調停委員にろくに話もさせてもらえず、ほとんどの時間待合室にいる、ということを繰り返していました。

この状況の改善を求めたところ、裁判官から双方代理人に対して、同席(双方当事者もそれぞれの弁護士も全員)調停の提案があり、双方代理人がこれに応じて同席調停となりました。

そのあとは、調停委員会はほとんど口をはさまず、当事者間で事前に提出していた条項案を検討し、修正を加え、双方が譲れない事項については折衷案を作り出すという作業となり、使用言語は日本語に限定されず、当事者双方が英語で直接対話をする場面もありました。

代理人を通じてのやりとりよりも、双方の意見が、特に子どもたちの教育方針について、一致していたのには軽い驚きを感じました。また、相手に対して抱いているわだかまりを直接伝え、それについて相手から直接説明を聞いて誤解が解けたり、と和解条項として文章にされたこと以上にこの同席調停には大きな収穫があるように思いました。

当事者双方に相手に対するリスペクトがあったこと、いずれも子どもたちの教育に熱心で子どもたちの将来についての考え方が一致していたこと、双方代理人が信用のできる弁護士であるうえ、いずれも交渉に長けていたこと、そして現実的な要素として、当事者に子どもたちが双方の親の間を行き来するための費用を支払う経済力があったこと、が同席調停が建設的で創造的な役割を果たせたことの要因だと思います。

この同席調停をした感想としては、どんな事案でも同席調停でうまくいくということはないだろう、むしろ、事案を選べば同席調停は期待した以上の効果をもたらすと考えるべきだろう、と思いました。


2016年4月6日水曜日

ロスアンゼルスの離婚とハーグ条約

ロスアンゼルスで日本人の離婚事件を多く扱っているというコーエン弁護士が、日本がハーグ条約に加盟したことについて、ポジティブなイメージを持っていると言っていた。

理由は、日本がハーグ条約に加盟するまで、日本人女性は子を連れて日本に帰るというイメージが強く、離婚時に日本人の母は子の監護権を得ることが難しかったが、ハーグ条約加盟により、日本人の母が子を連れて子の父に無断で日本に帰ってしまうという危険がないと説明することにより、監護権が認められやすくなったから、とのこと。

条約加盟以前は、裁判官に、日本人母が子を連れて日本に行ってしまうことはない、と説得するのがむつかしく、監護権をもらえそうにないと思った母が子を連れて裁判中に日本に帰ってしまった事案もあったらしい。


同弁護士によれば、離婚後もよほどの事情(家庭内暴力、経済的困窮等)がない限り、米国にとどまることが多いとのことで、日本人女性は、離婚したら実家(日本)に帰るというイメージは事実ではないらしい。

2016年4月5日火曜日

留置について

子の「移動または留置」の概念について、条約には定義が置かれていません、そのため、初期(日本が締約した当初の意味ではなく、1980年に本条約の締結がされた当初の意味)の裁判例において、「移動または留置」概念について、2つの論点が議論になりましたが、現在ではこれらの問題は決着がついている、とされています(外務省委託調査報告書、10ページ)。

問題となった1つ目の論点は、移動または留置は、国内の移動・留置を含むのか、国境を越える移動・留置である必要があるのかです。国内で移動したのちに国境を越えた場合、留置の開始時期はいつかという問題になります。
2つめの論点は、「留置」とは何か、です。

条約12条で、移動または留置の日から1年が経過していないときは、子の返還を命じる、とされているので、移動または留置の日は、1年の起算点として明確である必要があります。

この問題を扱った事案として、外務省委託調査報告書には、1986年のスコットランド判決、1991年のイギリス貴族院の判決、1992年のオーストリア判決などが挙げられ、特にイギリスの貴族院によって明確に示された解釈によって、決着がつき、今日では争いがなく、これらの初期の裁判例以外に、近年の裁判例でこの問題を論じたものが見当たらないようである、とされています(10頁)。

上記1991年のイギリス貴族院判決は、
 連れ去りと留置は、常に「または」で結ばれているので、互換性はない、
 留置とは継続する状態ではなく、特定の時に生じた出来事を示している、
 連れ去り、留置とは、常居所地の裁判管轄からの連れ去り、留置であり、親権者の監護から の連れ去り、留置ではない、
としました。
http://www.incadat.com/index.cfm?act=search.detail&cid=115&lng=1&sl=2


つまり、本条約においては、留置とは状態ではなく、ある時点における出来事と解し、連れ去り事案と、留置事案とは明確に区別されて、連れ去りと留置が一つの事案で両立することはなく、連れ去り事案であれば、連れ去りの日から1年、留置事案であれば、留置の日から1年が12条の期間となる、と解することになります。

たとえば、条約発効前に連れ去られ、条約発効時に子がその地に止められていた場合には、条約発行日に留置状態であるとして条約が適用されるのではなく、連れ去りが条約発効前であるので、条約の対象外の事案である、ということになります。

これに対し、日本の条約実施法2条1項4号には留置の定義が置かれ、「子が常居所を有する国からの当該子の出国の後において、当該子の当該国への渡航が妨げられていることをいう」とされています。

日本の実施法の留置の定義は、留置を状態と捉えていることため、実施法の留置の概念と条約の留置の概念とは異なることになります。

また、実施法の留置の定義によれば、子が出国前の常居所地国への渡航が妨げられている状態としているのですが、これは、移動事案と留置事案の区別を理解していなかったためにこのような定義になったのではないかと思われます。
移動事案であれば、子の移動前、つまり、出国前の常居所地国が問題となりますが、留置事案では、留置の直前の子の常居所地国が問題となります(条約3条)。

子が双方の親の合意でA国からB国に移動し、その後B国が子の常居所となったのちに、一方の親によって留置された場合を考えると、本条約によれば、子は常居所地国に所在しているために留置にはなりませんが、実施法によれば、A国への渡航を妨げられているために留置となることになります。


日本国憲法98条は、締結した条約を誠実に遵守することとしていますので、条約と矛盾する実施法2条1項4号は憲法98条により、無効とされるべきではないかと思われます。

2016年3月29日火曜日

常居所地について2

ハーグ国際私法会議は、学者に締約国の条約実施の実務の分析を依頼し、その結果をサイトで公開しています。

常居所の項目の論点として、
 1 常居所の概念 (habitural residence)
 2 子が出国するときに常居所をもたないということがありうるか 
 3 子は常居所を2箇所以上有することができるか 
 4 リロケーション (relocations)
 5 期間を定めない移動 (open ended moves)
 6 期間が限定された移動 (time limited moves)
 7 シャトル監護 (shuttle custody agreement & agreements/  courts order fixing jurisdiction)
があげられています。



常居所概念
 常居所は、ハーグ国際私法会議が、住所が法律上の概念であり、国によって意味が異なるため、住所にかわるものとして常居所概念を創り、それは事実上の概念であるとしました。これにより、条約に常居所概念を用いると、締約国間で同じ意味になるはずでしたが、実際には、国によって常居所の認定にあたり、居住の意思を考慮するかしないか、意思を考慮するとすると子の意思を中心に考慮するのか、親の意思も考慮するのか、親の意思を中心に考えるのか、と認定方法が異なっているという状況となっています。

リロケーション
 他の国で新しい生活を始める意思があることについて明確な証拠があれば、それまでの常居所は失われ、新しい常居所を獲得する、

 コモンロー諸国では、短期間で新しい常居所を獲得しうる、

 大陸法諸国では、直ちに新しい常居所が獲得されることが認められている、

と分析されています。

終期を定めない移動(open ended moves)
 終期を定めない移動、または、潜在的に終期が定められていない移動をした場合、比較的速やかに移動時の常居所が失われ、新しい常居所を獲得する。

終期が定められた移動(time limited moves)
 外国への移動が終期が定めれらたものであるばあい、それが長期であっても、締約国の中には、移動時の常居所がその期間中維持されるとする国がある。

 本条約の2つの行為のうち、連れ去りについては、連れ去り直前の常居所を問題とするため、移動後に新たな常居所を獲得しても、常居所の認定に影響はないのですが、留置については、留置の直前の常居所が問題となるため、留置の直前までに新たな常居所を獲得したかどうかを認定する必要があります。

 たとえば、ハーグ国際私法会議の裁判例サイトに掲載されているドイツの裁判では、子が不法に留置されていると訴えられた事案で、子が父の同意のもとでドイツにいる間に、幼稚園に通園し、環境に馴染み、強い社会的な結びつきを発達させた結果、子の常居所地国はドイツとなった、と認定し、ゆえに留置は不法とはなりえない、不法な留置となるのは、他の締約国が留置のときの常居所地であり、そこへの返還が妨げられた場合のみである、としました(事件名 40 f 130/01,  HK, ザールブリュッケン家庭裁判所 INCADT 引用  HC/E/DE 489)。
 また、米国の控訴審裁判所においても、子が不法に留置されていると訴えられた事案で、短期間(約1か月半の夏休みの期間)の間に子は米国に常居所を獲得したと認定し、留置の開始日までに常居所地が米国となったとの理由で、申し立てを却下しています(事件名  カークカイネン対コヴァルチュク、445 F.3d 280 (3rd Cir. 2006) INCADT 引用 HC/E/USf 879)。

 これに対し、大阪高等裁判所は、一方の親が子を他方の親と共に、他方の親の母国である日本に送り出した後、不法な留置を主張して返還を求めた事案で、返還を求める親は、滞在期間の延長を繰り返していたが、期間を限定された日本の滞在という目的そのものを変更したとは認められないため、子が日本の学校に通学し、日本に馴染んでいたとしても、子の常居所が日本となったとは認められない、としました(平成27年(ラ)第1404号)。

 大阪高裁は、終期を定めていない、または潜在的に終期が定められていない場合には、子は移動後速やかに新たな常居所を獲得する、と分析結果を回避するため、返還を求める親が、期限を限定した滞在(つまり、いつかは戻そうと思っていた)と考えていたのであれば、終期を定めた移動に該当し、子が馴染んでいても、子は新たな常居所を獲得しない、という、本条約締約国のどこでも採用されていない、常居所について極めて特異な法理を編み出したようです
 
 なお、この大阪高裁の事案では、大阪高裁の決定がなされる前に、子の出国前の常居所地国の裁判所により、返還を求める親は、その意思で、長期に子を日本に送り出しており、子は日本で学校に通い、日本の社会と強い結びつきを持ったために、出国前の常居所地国は子の本拠国ではない、という決定を出し、確定しています。

 子の出国前の常居所地国の裁判所の判断と、大阪高裁の判断を並べてみると、大阪高裁の判断がいびつで不可解なものであることがよりはっきりとみてとれます。

2016年3月24日木曜日

常居所地について

 ハーグ条約の前文には、子の常居所への迅速な返還の確保 (their prompt return to the State of their habitual residence) との記載があります。

 常居所(habitual residence)とは何か、については以下のように説明されています(山田鐐一『国際私法』)。

 「住所」が法律的概念であって、国によって異なることから、条約で住所地法の適用を命じても統一した結果が得られないおそれがあるため、ハーグ国際私法会議の第6会期(1928年)で採択された条約で用いられて以来、条約で住所の代わりにしばしば連結点として使用されている。
 常居所は、住所と異なり、事実的な概念であるから、国によって異なるものではない、と言われているが、厳密に言えば、常居所についての見解が今日必ずしも一致いしているとは言えない、相当期間の滞在のみで足りるのか、取得のため意思を要件とするのかについては見解が分かれている、しかし、住所にかえて常居所を採用するという本来の趣旨からいえば、意思の要件を過度に重視することには問題があろう。
 
 また、『改正法例の解説』(法曹会)には、

「常居所」は、ヘーグ国際私法会議において抵触法上の連結点として創出された概念であり、一応、人が常時居住する場所で、単なる居所と異なり、相当長期間にわたって居住する場所であるということができる。常居所があると認められるためには、単なる短期の滞在では不十分であり、相当長期間滞在している事実または滞在するであろうと認めるに足りる事実を必要とすることができよう、としています。
 この記述は、平成元年6月16日の参議院法務委員会での下記の答弁を引用しており、その答弁では、
「日本で考えてみますと、これは日本民法上の住所というのと大体同一のものであるといって差し支えないとい思われます」
とされています。

 以上より、常居所とは、単なる居所(短期の滞在場所)とことなり、人が常時居住している場所をいうものであって、日本民法でいう住所のようなもの、ということになります。

 常居所について、大阪家庭裁判所は、「常居所とは、人が常時居住する場所で、単なる居所ないし住所とは異なり、相当長期間にわたって居住する場所をいうものと解される」(平成27年(家ヌ)第7号ないし第10号)としていますが、これを見ると、同裁判所が常居所の概念にについて理解を全く欠いていることがわかります。

また、その抗告審である大阪高等裁判所は、「常居所とは、人が常時居住する場所で、相当長期間にわたって居住する場所をいう」(平成27年(ラ)第1404号)としており、意図的に居所(短期の滞在場所)の概念を定義から落とすことにより、「相当長期」という曖昧な定義のみにし、恣意的に認定できるようしました。この高裁決定は、結局原審である家裁が居所、住所、常居所と並べたのと同様に、居所と常居所の間に、別の概念があるかのような解釈をしました。大阪高裁が、大阪家裁と同様に常居所概念を理解していないだけでなく、理解していないことが明確にならないように表現を工夫したことがわかります。

 住所が引っ越しをすれば変わるように、常居所も移動によって変わります。そのため、いつの時点の常居所を認定するのか、ということが問題となります。

 本条約の目的は、不法に連れ去られ、または不法に留置されている子の迅速な返還です(1条)とされており、連れ去り、または留置が不法となるかは、連れ去りまたは留置の直前の子の常居所地国の法令に基づいて監護の権利を侵害していること(3条)とされています。

 このことから、本条約において子の常居所とは、連れ去り、または、留置の直前の子の常居所となることがわかります。

 子が生まれてから最も長く暮らした場所が本条約でいう子の常居所というわけではありません。子が生まれてから最も長く暮らした国が子の常居所地国であるといった主張をする人がいますが、子が生まれてから2年間をA国で暮らし、その後B国で1年半暮らし、さらにその後C国1年暮らしていたところ、一方の親にD国に連れ去られたケースを考えると、生まれてから最も長く暮らした国が常居所地国であるとの主張のおかしさがわかると思います。


 本条約において、子の常居所地国とは、連れ去り、または留置の直前に子が常居所を有していた国となります。

2016年3月18日金曜日

ハーグ条約の目的について2 

ハーグ条約は、子の監護の管轄を決定する条約ではないので、日本の裁判所が、子をA国に返還すると決定しても、A国の裁判管轄規定によって子の監護に関する管轄がA国になければ、A国で監護に関する裁判はできません。たとえば、日本の裁判所に提訴された事件について、日本の裁判所が、この事案はフランスの裁判所で裁判すべきだ、と決定したとして、その決定にフランスの裁判所が拘束されるか、を考えれば当然のことだと思います。

しかし、ハーグ条約について、大阪高裁は、日本の裁判所が子の返還を決定すれば、返還先とされた国で子の監護に関する裁判管轄がないことが裁判で確定していても、大阪高裁の決定によって返還先の国の裁判管轄が生じることを前提としているかのような理由を記載した決定を出しました(大阪高裁平成27年(ラ)第1404号)。

なお、この事案で返還先の裁判所が、子の監護に関する裁判管轄がないとした理由は、残された親自身が子を長期の予定で日本に送り出したため、当該地は子のhome stateではない、というものでした。また、当該地の管轄に関する法律によれば、外国を含め、子のhome stateが監護に関する管轄を有するのであり、子がその地に所在している、いない、は関係がない、とされています。つまり、子が返還されたとしても、その地が子のhome stateとなるまでは、子の監護に関する管轄は生じません。

大阪高裁が、条約は監護の管轄を決定するもので返還決定をすれば返還先の国に管轄が生じると考えた理由を記載していないために、どのような考え方をしたのか不明ですが、大阪家裁の職員が次のような主張をしていましたので、おそらく大阪高裁も同様の考え方をしていると思われます。

大阪家裁の職員の主張は、以下のようなものでした。
 実施法152条に、子の監護に関する審判事件が日本の裁判所に係属しているときに、本条約に基づく返還申し立てがなされたら、監護に関する裁判をしてはならない、とされている。だから、本条約は子の監護に関する管轄を定めるもので、返還決定がされたら、返還先の国に監護に関する管轄が生じる。

実施法152条のもとになっているのは、条約16条です。
 条約16条によれば、子が自国に連れ去られ、または自国において留置されている締約国の私法当局は、子が不法に連れ去られ、または留置されている旨の通知を受領したのちは、本条約に基づいて返還されないことが決定されるまで、監護の権利について本案の決定を行わない、とされています。

また、条約17条では、要請を受けた国において監護に関する決定が行われたという事実又は当該国において当該決定が承認され得るという事実のみをもって、この条約に基づく子の返還を拒む根拠としてはならない。もっとも、要請を受けた国の司法当局は、この条約の適用にあたり、当該決定の理由を考慮することができる。
とされています。

本条約の目的の一つに、子の監護に関して親が自己に有利な法廷地に子を国境を越えて連れ出すことの防止があげられていることから(米国の裁判官のためのガイドライン)、条約16条は、この目的のために、要請を受けた国が、監護に関する実質的な判断をすることを禁止したものであることがわかります。
しかし、返還しないとの裁判がなされるまで、子の監護の実質に関する裁判をしてはならない、とされているのは、要請を受けた国であって、返還先とされた国が監護の裁判管轄を有するかどうかについては条約に何も規定されていません。

また、仮に、本条約が子の監護に関する管轄を決めるものであるとすれば、先に確定した返還先とされた国での、子の監護に関する裁判管轄がないとの裁判と、後からなされる日本の裁判所による返還決定は、同一の事項(監護の管轄)について国際的な二重訴訟となり、返還先とされた国で先に確定した裁判と矛盾する内容の決定を日本の裁判所ができるのか、という別の問題が生じます。

条約の条文から導き出される結論は、返還先とされた国で先に子の監護の管轄がないことが確定していれば、その後に日本で返還決定が出されると、子の監護に関する裁判は、日本でも、返還先でもできない、ということです。

日本の裁判所が子の返還の決定を出すにあたっては、返還先とされる国で、日本での返還決定以前に、子の監護に関する裁判管轄がないことが確定していれば、それを前提として決定をすべきであり、それが不都合だからといって、本条約は、監護の管轄を定めたもので、返還決定をすれば返還先に管轄が生じるとの独自の解釈をして返還決定をするというのは、本条約が多数国間条約であり、統一的な解釈をすべきであることから、誤りであると思います。


さらに、要請を受けた国でなされた監護に関する決定でさえ、その理由は考慮することができる(17条)とされているのですから、要請をした国の裁判所が、残された親がその意思で長期に子を日本に送り出したために、当該地は子のhome stateではなく、監護に関する管轄がない、とした決定理由は、日本での返還決定にあたって、十分に考慮されるべきであったと思われます。

2016年3月17日木曜日

ハーグ条約の目的について

 ハーグ国際私法会議は、すべての締約国の裁判所は、本条約がどのように解釈、適用されるか知りたければ、必ず条約の目的を参照し、評価しなければならない、としています。http://www.incadat.com/index.cfm?act=analysis.show&sl=3&lng=1

  上記サイトは、本条約は子、残された親、連れ去り親の相反する利益の微妙なバランスを達成するために、明示・黙示に本条約の目的が条文の中に取り入れられているとしています。そのため、本条約は残された親のための子の迅速な返還を定めた条約であるといった説明や、本条約では迅速な返還を目的とするもので子の利益は考慮されていない、といった説明は、本条約の正確な理解ではありません。

 本条約1条は本条約の目的を示しており、それによれば、
  a) いずれかの締約国に不法に連れ去られ、または不法に留置されている子の迅速な返還の確保
  b)1の締約国の法令に基づく監護の権利および接触の権利が他の締約国において効果的に尊重されることを確保

 とされています。

  そして迅速な返還および接触の権利の保護の確保をする目的については、本条約の序文に以下のように記述されています。

 「子の監護に関する事項において、子の利益が最も重要であることを深く確信し」
 「不法な連れ去りまたは留置によって生ずる有害な影響から子を国際的に保護すること並びに子が常居所を有する国への子の迅速な返還を確保する手続きおよび接触の権利の保護を確保する」

 繰り返しになりますが、本条約の序文には、明確に「子の利益」は最も重要な要素と明記されており、子の利益は本条約では考慮する必要がないといった主張は誤りです。

 本条約13条は、子の利益を保護する目的を具体化したものであり、返還の例外として

  返還によって子が心身に害悪を受け、または耐え難い状態に置かれることになる重大な危険がある場合、
  意見を考慮されることが適当な年齢および成熟度に達している子が返還されることを拒んでいる場合

 を挙げています。

 なお、子が意見を述べる権利および、子の意見が考慮されるべきことについては、
国連の児童の権利条約12条にも以下のように規定されています。

1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。 

 子は単なる返還の対象ではなく、権利の主体であり、その権利として意見を述べることができ、その意見は考慮されなければなりません。

 米国の裁判官のためのガイドラインでは、条約の目的について、以下のように記述されています。

 条約は(1)国際的な子の連れ去りを防止し、(2)連れ去られた子の返還のために迅速な救済を提供する。条約の目的は、子の「従前の状態」に戻し、親に監護の請求により有利な法廷地を求めて国境を越えないようにすることである。
 条約は統一子の監護の管轄および執行法(UCCJEA)のような管轄を定める法ではない。条約の目的は外国または国内の子の監護の決定手続きを始め、修正し、または執行することを含むものではない。


 以上より、本条約の解釈においては、本条約が子、残された親、連れ去った親のそれぞれの利益のバランスを図ろうとしていること、および、条約において子の利益が最も重要なこととされていること、子は返還の対象として扱われるべきではなく、その意見は考慮されなければならないこと、を理解したうえで、子を迅速に返還することで子の国際的な連れ去りを防止し、子を従前の環境に速やかに戻し、子の監護に関して有利な法廷地を求めて国境を越えることを予防する目的を達成しようとしなければならない、ということになります。

 なお、当然のことですが、本条約は、監護の管轄を決定する条約ではなく、返還決定には、返還先の国に監護に関する管轄を生じさせる効力はありません。子の監護に関する裁判管轄の有無は、それぞれの国の子の監護に関する(国際)裁判管轄の規定に従って決定されることになります。